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遠野 その3 [日々の想い]

 遠野の旅、『五百羅漢』です。いろいろなところに『五百羅漢』はありますが、ここは、自然のままの石を使ったものでした。よくよく見たら、ちゃんと石に文字や絵が彫ってありました。
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 花崗岩の自然石に線彫りされた羅漢像です。度重なる飢饉で千人を超える死者がでました。その供養のため、天明2年(1765)に、大慈寺の19代義山和尚が読経しつつ刻んだものと伝えられています。この和尚さんの弔いの心の深さが分かります。毎日、ここへ通って彫ったのだと思い描きました。
gohyakurakan02.JPG

 今より平均気温が3度低かった江戸時代。岩手の遠野はいまでも気温が低い土地柄です。作物の育ちも悪かったことでしょう。飢饉・一揆の繰り返された歴史がありました。
gohyakurakan03.JPG

 五百羅漢近くのフキノトウです。フキノトウはたくさんはえていました。この時期、このフキノトウの形です。これからでも遠野の気温がかなり低いことが分かります。
fukinotou03.JPG

タグ:伝統構法
nice!(11)  コメント(6) 
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コメント 6

kurizo

苔も生えていて見応えのある羅漢ですね。
写真も映えてます(^^)
by kurizo (2010-04-26 22:55) 

未来

苔むした自然石の石に刻んであるのですね。
日本の歴史は飢えの歴史でもありましたね。
by 未来 (2010-04-27 09:30) 

chal

平均気温が3度低かった江戸時代・・・。最近、新しい資料(長崎出島のオランダ人の気象観測記録)が出て来て、暖かい時期もあったのではと、言われてます。天明の大飢饉の原因は、やはり、浅間山の噴火が濃厚になって来ました。凶作の年は、大体、火山噴火が原因との意見もあります。今年はだいじょうぶでしょうか?
by chal (2010-04-27 13:48) 

kido_azusa

kurizoさん
写真、ほめていただきありがとうございました。こんな谷間の石に祈りを刻むその心に感動します。
by kido_azusa (2010-04-29 20:31) 

kido_azusa

未来さん
本当にそうですね。当時の食生活を考えると、今、毎日いただく物にどれだけ感謝しなければならないかが分かります。
by kido_azusa (2010-04-29 20:33) 

kido_azusa

chalさん
天明・天保の大飢饉の話を読むとその凶作のひどさには哀しくなります。江戸時代の幕藩体制崩壊と重なっているのですね。その中でも、藩の蓄財を拠出した藩もあったとか。いい領主もいたのですね。
飢饉と火山噴火の関連については初めて知りました。
by kido_azusa (2010-04-29 20:39) 

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