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名古屋城本丸御殿修復 [家]

1ヶ月前ほどの新聞記事の切り抜きを友人にもらいました。
タイトルは 『専門家「伝統的工法、相談なく変更」 名古屋城本丸御殿復元』
2010年7月9日 中日新聞夕刊の記事ですが、
伝統的な石場建て工法(妥協的な工法ですが)を、専門家との相談もなく名古屋市が勝手に礎石にボルトを立てるやり方に変えてしまったようです。
《記事より引用》
 名古屋市が2017年度の完成を目指す名古屋城本丸御殿の復元工事で、市に助言してきた専門家が「当初の予定を相談なく変更し、伝統的でない工法で進めようとしている」として市にやり直しを求めている。市は「耐震性や見栄えを考慮し、裁量の範囲内で変更した」と予定通り工事を進める構え。伝統工法にこだわる専門家と、限られた予算内で工期を急ぐ市の主張は折り合わず、平行線をたどっている。
 市によると、当初の設計では、柱を礎石の上に直接立てる伝統的な工法をとる。横に寝かした木材と、2枚の鉄板で横から挟みボルトで締めて補強することになっていた。
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ところが工事の段階で、「乾燥を保ち腐朽を防ぐため」(市営繕課)などとして礎石にボルトを打ち込み、そこに柱を固定する工法に変更した。市の担当者は「多くの市民が利用する施設として耐震や見栄えの問題もあり、現場の判断で最善策を考え変更した。できるだけ当時の工法での復元を目指すが、どこまで忠実にやるかの裁量は任されている」と説明している。 
nagoya01.jpg

 これに対し、名古屋城跡全体整備検討委員会建造部会の部会長を務める麓(ふもと)和善・名古屋工業大教授(建築史・文化財保存修復)が「事前に相談せず、忠実な復元でない」と反発。また、「一般的な公共事業と違い、文化財の価値を高めるという認識が必要。詳細な実測図に基づいて復元できるのに、このままではいいかげんなものになってしまう」と危惧(きぐ)する。
《引用おわり》

 【名古屋城本丸御殿】 江戸時代初期の1615年完成。近世城郭御殿の最高傑作とされ、1930年に国宝に指定されたが、45年5月、空襲で天守閣とともに焼失。2007年に文化庁の許可を受け昨年1月から復元工事が進められている。なお、名古屋城の天守閣自体は1959年(昭和34年)に再建されています。
 焼失前の本丸御殿と同等の歴史的文化的価値を有する建物を再現するよう、原則として旧来の材料・工法による、旧状再現を図るものとします。なお、現代の技術や生産事情、活用方法や維持管理も考慮して取り組むこととします。復元時代は、寛永期(1624-1644)です。
 復元工事のHPはこちらです。
http://www.hommaru-palace-jv.com/

石場建ての復元、ただ単に礎石の上に光り付けで柱をのせるやり方が、文化財レベルでもねじ曲げられていることを示しています。礎石にボルトを立てて柱をのせるやり方が耐震性が優れているとだれが判断したのでしょう。建築基準法の基礎工法に近づけるやり方にすぎません。後世に恥ずかしい復元?としかいえません。麓教授にがんばれのエールを送ります。
タグ:伝統構法
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